他人と生活するということ 2
僕達は、情報の共有が、いつもちょっと足りない。
大変なことが起こりました。東くんのお夜食のスパゲティーのソースに七味唐辛子がボトル半分
(正確には7分の4くらい)入ってしまいました。信じらんない。しかも強いて食べなきゃいいのに、食べるんだもん。
七味唐辛子が無くなったから、詰め替えを買ってきた。以前べ氏とジンギスカンを食べたとき切らしていて、「合うんだよ」とか言いながら、べ氏は空の七味ボトルの中蓋をラム肉にぬりぬりしていた。
そういうわけで今回中身を補充しようということで、その中蓋を洗って、洗いカゴで乾かしてあったんだけど、東くんはそれをゴミと誤認、ゴミ箱ではなく流しの排水口へイン。ここに第一の情報共有の不足。ゴミを捨てるならゴミ箱に入れなさいよっていうのも強く言いたいけど(流しはゴミ箱じゃないんだから! 母の口癖だな)。
そんなことは知らず、中蓋見当たらなくなっちゃったけど、東くんがどっかよけたのかなあ、と思っていた僕に東くんが「インしちゃった」。うーん、そうかぁ、そういうもんかぁ。僕はしょうがないからとりあえず中蓋のないボトルに七味を入れたよ。しかし、東くんにそれを伝えはしなかったんだ。第二の不足。
そんで昨晩、ことに及んだというわけで。
中蓋のないボトルから七味が盛大にフレイパンへ。「中蓋探しといてよ! 半分入っちゃった!」とキッチンから悲鳴が上がったけど、何を言われてるのか解らなかったよ。だってさぁ、探しといてって、排水口に入れたの君だろ。探し出したとことろで排水口の網の中にあったのなんて使いたくないだろ。中ぶたないのは見ればわかるだろ。
他人って、全然、ほんと違うよ。世界の理解の仕方が。僕は本当に。驚く。
東くんは全然見てないし覚えてない。いろんなことを見てないし、見たこともどんどん忘れる。僕は見てるし覚えてるけど、何かを自分がどう思うか、ということはかなり希薄。
僕は分解された状態でも部品を見れば何の一部かだいたいわかるし、どこに何があったとか、どんな出来事があったかということは割と把握できているけれど、東くんに映画とか漫画とかフライヤを示されて、この表現はこういうところが秀逸だ、とか、なってない、とか言われると、へぇーって思うけど、自分ではそういう風にものを「読む」ことはできない。映画でも小説でも、伏線を拾うとか全然できないし。
違うよなぁ。巷間でももっとこの違いを「すげー!!」とか言って取沙汰してよいような気がするけど、そうならないのはそんなの常識だからなのかな。
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