孤独のセル
大阪でとーじんの芝居を観てきた。
本日の中野劇団のお芝居「真実は笑わない」(於、in→dependent theatre 1st)は、アトリエ劇研での「不埒」以来二回目。
先頃からすっかり寝坊の僕だけれど今日は普段のお休みよりは早く起きられて、お日柄もよろしく、いつもは私の懐で眠り、私が起き出そうとするとするりと抜け出て、私が朝食の用意をするのを待ち伏せているこゆびは、今朝は珍しく東くんの足元で、逆さ向きに頭だけ出して寝ていた。まずこゆびのご飯を用意してから、自分のトーストを焼く。
僕はトーストには何か甘い味のするものを塗らずには気が済まなくて、このところジャムも何も切らしていたのが味気なかったけれど、本日は昨日買ってきたピーナツクリームがあり、嬉しい。さっくりと焼けたトーストにホイップ状のクリームを延ばしてゆくと、熱で艶やかに溶け香りが広がってゆく。安い品でだって僕は毎日幸せですとも。
お京阪、JRを乗り継いで、難波から徒歩にて日本橋へ。京都では見かけない北欧パンの総菜パンにかじりつきつつ、行儀悪く進む。東くんがとーじんの芝居にかこつけてパソコンを買うというので、べ氏に教示されたルートを辿りPCショップの軒先を物色。家具や雑貨の店も紛れていて僕はわくわくしましたよ。
開演時間に近づき辿り着いたin→dependent theatreはコスプレショップと同じビルに入っていたものの、堺筋を一本逸れただけで急に住宅街へと趣を変えた通りに、こころもち寂しげに開場中。受付嬢は語尾の「ます」を無闇に高く長く延ばして発音。暖房がきき微かに息苦しい室内。
開演。
終演。
そうだなぁ、演技では香芝葉子役の真野絵里さんが抑制の利いてよく練られた演技だと思いました。脚本は台詞や場面の拾い方が巧いなぁと思いました。でも、最後の「私はここにいます」という香芝菜穂子の台詞はどうなんだろうか。ずっと観ていて、人と人とが隔絶した状況の中で互いを見つけられないままに助けを求め合っている話には思わなかったんだけどな。いや、今改めてそう書くとそういう話だったのか、って思うけど、観てた時はもっと単純に「家族再生」の物語みたいだったからなぁ。「家族」にしちゃったから切り口が瑞々しくなかったのかな。
孤独だ、ということは、きっと誰にも突き刺さる事実だと思う。僕達は、真空とともに小さなセルの球体に閉じ込められてしまったかのように、互いに触れ合うことも声を届けることも叶わない世界に生きている。それがよくある言説の通り現代に固有なことか、いつの時代もそうだったのかはわからないけど。だから、「私はここにいます」という台詞は、あまりにも陳腐で鼻白むけど、それだけ普遍的なことだとも言えるわけで、それはやっぱり多くの人の心に届く可能性を持ったつぶやきなんじゃないか。「家族」なんかじゃなくてさ。もっと一人一人の人間をばらばらに切り離してしまってもよかったんじゃないかと思います。
さて、再び外界へ。パソコン探しの続き。ソフマップの店頭で初めて初音ミクのビジュアルを見たよ。こんな姿だったのか。世紀の歌姫。
家に帰り着く頃にはすっかり日暮れて、早速荷解きしたパソコンの音が出ないとか駆動の振動が大きくて気になるとか唸っている東くんを横目に入れることすら無く、鶏手羽をゆで卵さんと一緒に煮込み食す。うまし。
世界は決して交わらない。球体が接し合うのは常にただ1つの、面積を持たない点だ。僕達はその接点へとそっと額を重ね、頭骨から伝わる冷たい振動を介し密やかにつぶやきを交わす。
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投稿: みんな の プロフィール | 2007年11月27日 (火) 07時58分